asmykk0412の日記

82180と4180が歩む日々の、言跡

任意の✔︎はお楽しみの印

先日、わたしの用事の合間を縫う形ではありつつ、4180と神戸、京都へ行って来た。

京都は最早お馴染みだが、4180と一緒に神戸に降り立ったのは初めて。

そしてお互い初めての有馬温泉に弾丸で浸かりに行き、既に夕闇に没した温泉街の景色を見ながら、また今度ゆっくり出直したいな、と思った。

京都では常宿(我が妹宅)の近くを少し散歩できただけだったけれど、レンタルバイク屋さんを発見。

一瞬、京都の街を4180と2ケツで走る!なる愉快計画が持ち上がるも、今回は時間が無さ過ぎた。

これも、また今度のお楽しみだ。

京都に限らず、4180とレンタルバイクで走るという遊びは各地でしてみたいと思っている。

(しかしバイクには数年乗っていないので、できれば4180を後ろに乗せて走る前に少し練習時間を取りたいものである)


「改めてまたゆっくり…」と、心の中で✔︎をつけてある土地、行いがまあまあ増えてきて、

未来のお楽しみも増えてゆく、と考えれば非常に具合が良い。

まあ、実現させるための時間はあくまで作るものだけれど、さ。


最近テレビで、ガンを患った20歳のキャバ嬢が「余命?知らない、アタシ100歳まで生きるし〜」と笑って話していたのを見て、

酒に酔ってはいただろうが自棄っぱちにも見えないその佇まいに、余命なんか訊かれても答えられる人間なんか居ないよな、と思った。

より良く在るために気遣うのは大切だが、ヘンに気にすることはない。

何があるかなんてわからない。

そんな行方不明さを、不安と呼ぶかお楽しみと呼ぶかは、今を生きるわたし達の気持ち次第なのだろう。

目下、わたしは今晩4180とハンバーグを食べる(松屋だけれど笑)ことを楽しみに、仕事を乗り切る心算です。

ハンバーグの後、どこかで夜桜でも見れるといいな。



82180


わたしはあなたの気安めに

先日、4180と谷川俊太郎展に行ってきた。

様々想起させられたが、中でも最もしょーもなく、且つ、一番正直な感想を述べるならば…非常に疲れた。
谷川さん自身もそう語られており、わたしも同感であることとして、
詩とは無責任なものだから、如何に自分が日々「責任」に紐づけられ「責任"感"
」という正義を振りかざして暮らしているか、まざまざ思い知ったが故の疲労である。
責任も責任感も大事だとは思うんですよ。定職に就いたことこそ無いけれど、社会の中にある自分だし…。
ただ、正義まで振りかざしちゃってるのは危険だし、なんかダサいなと笑
空飛ぶ鳥の様子に自由を見たり、役には立たないけれどなんだか素敵なものを愛でたりする、感性。
そんな勝手で無責任な感性が無くなった時、目前は即座に戦場と化し、詩人は職を追われるのだろう。
やだー!そんなの。
上手いことやっていこう。

きっとわたしが4180を好きで、大切に思う気持ちの源も
本質的には何ら役立てるためのものではない。だから、良い。
(とか自ら言う…笑)
4180の番いの生活者として役立たずではいけないが、
心寄せ合う連れ合いとしては、多少の抜け感…無目的さがあった方が、良くないですか。
4180には気持ち良く呼吸をしてほしい。しょーもないことで笑い合ったりしていたい。
それは、わたしを勇気付けてくれる力でもあるからね。

仕事や春の憂鬱も、手強くはあるけれど戦争ではないよ。
大丈夫。上手いことやっていこうね。


82180






逃げるが勝ち

あけましておめでとうございます。


今年は初詣も行かず、ゴロゴロしていますが、


なんとなく良い年になる予感がしています。


気持ちがシンプルになってきました。


嫌だなぁ〜て感じることにも、自分に責任持てる感じ。


今までは、そんな自分を追い詰めていたけど、そんなことはする必要性がなく。


良い気持ちが続かないものに対して無理することはしません。


それで良いのです。


切っても切っても切っても金太郎飴というより、


切っても切っても切っても、空洞なんだな。


意欲という刀を持った私は、それを切り続ける理由が無くなってしまったよ。


空洞ですは好きな歌。


4180








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茶色い季節

大切な選択だから、あらかじめ考えておいた答えの為に行動しないよう、ただベストを尽くすことでサイコロがどう転がるのかを見たい。

そして先行きを決めたい。
結果を見れば直感はだいたい正しいが、決が出る日を明確に用意した今、その時まであーだこーだ考えなくても良いんじゃないかしら。
とは、思いつつ。
何かのサインのように感じてしまう事象が目の前をチラつかなくもなかったり、
まあ、なかなかどうして感受性は目敏く働いている。
肝が座ることと心が動かないことは別なのだ。
出来ればこんな時は静かにしていたいものだけれど、そういうわけにもいかない。
騒がず、されど黙さず。

以上、あるバンドと自分とのこと。

昨日は4180と少しの時間、近所をブラついた。
遅めの昼ごはんをお気に入りの中華屋さんで食べて、その後古着屋を何軒かチラ見。
我が家の近くは古着屋絨毯爆撃地区でありながら、4180とこうして一緒に古着屋に入ることも少ない。
というか…、だ。
少ないよね。こういう時間自体が。

古着屋では4180によく似合う綺麗な色で、デザインも遊び心とエレガントさを兼ね備えた素敵なコートを見つけたが、
残念ながらサイズがしっくり来ず。
(&値段)
4180は「なんとなく」や妥協で服を買わないので、あと一歩及ばずな物を見つけた時、わたしはかなり悔しい。
4180が気に入って着ているものなのであれば、別に数が少なくたって良いのだし、いつも同じものでも構わないけれど、
新しく気に入る&似合うものと出会った時、4180がふんわりと嬉しそうな表情をするのが、それを見るのが、わたしは好きなのだ。
幸せを感じる。

実現という言葉の意味を考える。
枯れて現れるもの、腐って現れるもの、自然界の中ではどれがスゴイ!とかいうことでもない。
たとえば土ならそうやって循環するのだから。
しかし、一人称と二人称で紡ぐ世界においては、どうだろう。
やっぱり、実って現れるものが嬉しいのではないだろうか。
種を蒔いたり、芽吹きを待ったりすることが楽しみなのではないだろうか。

冒頭の件、こうして捉え直してみるとなんだか「花さか爺さん」の世界のようだ。
わたし達にとって意地悪爺さんは存在したのか?
ポチはいつ死んでしまったのか?
最早、わたしには最後の1ページがあることまでしかわからない。
その先の白紙に現れるものを、冷たい土に足をつけて待っている。


82180






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晴れと猫

今日はとても暖かい1日だったな。


猫たちが日向ぼっこしながら気持ち良さそうにしているのを久々に見たな。



ここ数週間、身体にまとわりついていた緊張や不安が、すぅ〜と消えていったから視界も晴れやかになったし。


こういうことが繰り返されていくのだね。自分の人生は。



あ〜もっと心臓に毛を生やしたい。



4180

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近くもない 遠くもない記憶としこり

うーん、最近は雨が続いていますね。雨という天候があんまり好きじゃない4180です。


やはり、どこか憂鬱になりますね。


でも、雨が降っていても心地いいなぁ〜と思うことだってあるのも事実なんですけどね。


たぶん、それは雨が降っている時に見ている風景に関係するような。


海辺、山、川、カフェ、友人宅、どかの町、どこかの公園、どこかの国、、、。


どこに居た時に心地良いと感じたのかなぁー。





最近、数年前の記憶をちょっとずつ思い返したりしています。


その記憶は、その時の記憶であり、今のことではないんですよね。

そして、記憶自体も変化しているでしょう。


そのあやふやな記憶を思い返した時に、当時の気持ちに近いようなそうでもないような気持ちになる。


当時、咀嚼しきれぬものだったその何か。


今思い返しても、そのままな気がする。


それって私の中だけのことであって、その時に関わっていた人たちの中では、忘れられていたり、無かったことだったりしているんだよね。


そう思うと気にする必要も無いのかもなぁ。


気にしているのは自分だけ。


気持ちを自由にしてあげなきゃね。


4180






ザル

酒癖が良くなかったので今ではほとんど呑みません。82180です。

まるでザルのような呑み方をしていたものの、お酒に強い方でもなかったし。

今思うと、ただ呑まれたかっただけなのかもしれませんね。

目前の現実や自分自身を網の目をくぐるように透過し、ふわふわと曖昧な、何処にも無い場所へ行きたくて。


対して今は、毎日これでもかと言うくらい素面で居ます。

お酒の有無以上に、精神状態がほんと素面。

そうやって日々を送りながら時々思うのは、あ〜、わたしってザルみたいだなあ…ということ。しかもかなり頑丈な。

次々訪れる現実も、夢幻のような事象も、等しくサラサラとこの身をくぐらせていく。

それは全くのスルーとは違い、触った感覚と、ゴロゴロと大きな物は残る。

しかし、執着しない。

至って素面のままで。


それが自分にとって良いか悪いかはなんとも判断しづらいことではありつつ、

少なくとも、きっと4180とは随分違う姿勢というか、感覚なんじゃないかなと思ったりします。

違うことは良いんです、しかし、もし4180がそんなわたしとの関わりの中で寂しい気持ちになったりするのなら、考えもので。


4180は繊細で、気遣うことができる、時に気遣い過ぎてしまう人。

こう言えば4180はきっと「全然そんなことない」と言うだろうけれど、

わたしからはそう見えている。

4180、あまり調子の良くない時が最近多い気がする。

繊細で気ぃ遣いで、見過ごせない性質の4180。

その心を少しでも軽くしたり、綻びを繕ったりすることの手伝いになりたい。


何処にも無い場所を求めて、逃避したくなどない。

4180とここに居ることをキャッチして、守りたいと思う。

風通しと肌触りの良い、ゆりかごのようにわたしはなりたい。



82180



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